スティーヴ・マックィーンの滞日20時間


永島京典氏 〜 「映画の友」 〜


「すごくいい奴!」二十世紀フォックス映画「砲艦サン・パブロ号」に出演のためロケ地台湾に向う途中 一晩だけ日本に立寄ったスティーヴ・マックィーンに会った人たちはみん なこんな印象をうけた。
11月15日午后5時16分マックィーン一家を乗せたパン・アメリカン 機は羽田に到着した。フォックス本社の指示で空港のニュース取材は一切避けるようにはなっていたが、 地獄耳を誇る十数人のカメラマンがチャンと放列を敷いて待っていた。ところが マックィーン夫妻はハリウッドでも決して子供を入れた報道写真を撮らせたことがないほど子供の 養育には特別に厳格なのである。そうとは全く知らないプレス・カメラマン、ナースのロッチャース夫人に 手を引かれてお姉ちゃんテリーちゃん(六歳)とチャディー坊や(五歳)は両親より一足先に税関から出て 来たところを待ってましたとばかり取りかこんでフラッシュをたきはじめたので、フォッ
クス側であわててとめに入って、ひともんちゃく。
一方マックィーンマックィーンで税関 の荷物検査で護身用に持っていた拳銃を離日までは預っておくと取上げられる。その上ビザの手続が手間 どって、けっきょく宿舎のホテル・オークラに入ったのが八時だった。部屋に入ると先に着いた両親を待ち わびていた小さな子供たちが走って来て両親にすがりつく。長い空の旅のあと、飛行場での騒ぎに動揺 した小さな心を癒そうという気持ちもあったのだろうか、スティーヴは 間もなく上半身ハダカになって子供たちと一心に遊びはじめた。映画で見るあの無愛想な暴れ者の反逆児 のイメージとはおよそかけはなれた なんとなく、胸が熱くなるような姿だった。
翌16日の朝7時前、 スェターにブルー・ジーンズをはいたマックィーンは二人の子供たちを つれてホテルを抜け出して朝の東京タワーあたりまで散歩。途中で自転車屋とか、八百屋、魚屋、パン屋 などの店先を覗いたり、お菓子を買ったりして帰ってきた。「東京の町は清潔で、人々はみんな礼儀正しく 親切そう。日本人は外人に対して偏見をもっているのだろうか 自分が見ると、日本人はいま幸せそうに見 えるが実際には幸福なのだろうか」などと、わずか20時間足らずの滞在だというのに、人知れず熱心に 日本人の理解につとめるあたり、見上げたものがある。
さて、きょうの記者会見は午前10時15分 からの予定。そのあとすぐまた飛行場へスッとび、1時の飛行機でロケ地の台湾に向うあわただしい滞在 なのである。
会見の前にマックィーンは私をよんで二つのことを相談した。まず子供の 写真のことで前の晩空港でおきた混乱の原因について、日本のプレスマンに理解してもらうにはどうした らよいかということである。「子供たちだけは平凡に育ててやりたいのだ。スターの子供がゆがめられて 育つのをこの目で見てきているので、自分たちの子供だけはそんな運命から護っていこうと努力している。 それに自分が少年院の出身だからなおさらマトモな教育をしてやりたいわけだ」力をこめて、こう語る彼 はもう世界の人気俳優マックィーンではなく、子供の幸せに全てをかける 一人の若き父親としか見えないほど真剣でしかも素朴なのだ。私はこのことを会見の劈頭そのまま記者団 に訴えて詫びることを、彼にすすめた。
次の注文は日本語の挨拶を一言でいいから教えて欲しいというので、つきなみだったが、覚えやすい 「ミナサンコンニチワ」というのを教えた。
会見の時間が迫ると彼はジーパン・スタイルを脱ぎ捨てて、濃紺の背広にブルーのストライプのシャツに 紺の無地のネクタイというシンプルでシックな姿に早変り、「ぼくは生来ボタンという奴がにがてでね。 背広はタキシードといま着ているのを入れて四着だけ。ジーパンなら80本あるけれど・・」こういう ラフ専門のようなスティーヴでもその背広姿もなかなかイキで、まんざら すてたものではない。定刻から少し遅れて会場に入る。それでも拍手に迎えられた マックィーン夫妻はほっとしてニッコリ。
二人ともマックィーンの大ファンである伊東ゆかり、中尾ミエさんから 花束を贈られると待ちかまえていた40人以上のカメラマンのフラッシュが一斉に火を吹く。やがて フラッシュの嵐がおさまると質疑応答に入る。
---来日の目的は?
「二十世紀フォックス映画”砲艦サン・パブロ号”の台湾ロケに参加する途中立寄って、プレスを通じて 日本のファンにお礼がいいたかった。ロケの帰りにでも寄って本田技研を訪問して新しいレーシング・カー やバイクを見せてもらいたい。社長にお会いして自分の次回作品”チャンピオンの日” (ジョン・スタージェス監督の自動車レース映画)にホンダを一台、
出してもらう交渉をしてみたい」
---今日の人気はどうして作り上げたか?
(夫人の方を向いて)「すべてはこれのお蔭です」(ホントに感謝をこめてそういう)
夫人(彼の方を向いて)「いいえ、それはやはりこの人の努力のたまものですの」
「人気なんか近所のマーケットにでも行けば売っているくらいにしか考えていない人もいるけれど、 そんな簡単なものではないでしょう 僕たちもずいぶん勉強したし、ひどい貧乏もした」
---スターとして現在心がけていることは?
「うぬぼれないことです。とかく有名になると正しい価値判断に狂いが生じやすくなるもので、 これをいつもいましめている。人気があることを、よく偉くなったと錯覚しがちでね」
---生活の信条は?
「自分に正直であれ。自分を失わないで、しかも環境に順応する努力を怠らないということ でしょうか」
---たいへんなスピード狂と聞いていますが、車は何台?
いいことを聞いてくれたとばかりうれしそうに、いささか得意気に「フェラリ、イギリスのランド・ ローヴァー、ベルリネッタ、Dタイプのジャガー(これはレース用)。それにモーター・バイクも街で 乗りまわすものとレース用各一台。ネイルのためにリンカーン・コンチネンタルと荷物などを運ぶための ピックアップ・トラック・・・・」 ワー!というような嘆声にちょっとてれるところがまたいい。
映画のタフな暴れ者、孤独な反逆児スティーヴ・マックィーンの実物に はじめて接した人は残らずこの少年感化院出の苦労人の人間的立派さに打たれたにちがいない
伊東ゆかりさんは「静かな好感くらいだったのが実物にあってとても好きになったわ。人気スターであり ながら平凡な家庭をつくり、普通のお父さんになろうとつとめるマックィーンは ホントにエライひと」というし、中尾ミエさんは「私は3年前からすごいファン。みんなが実物に会う とゲンメツを感じるといけないからといってくれたけれど、今度だけは私の目がホントに高かった。 今まで惹かれていた男性的なすばらしさのほかにすてきな甘さもあることを発見して思い残すことは なにもありません。彼のような男性は二人といないでしょうね」
マックィーンの魅力はその野性的風貌でもなければカモシカのような 柔軟な肉体でもない。やはり彼のファンは、彼の苦労人の折目正しさから来る彼特有の静かなタフネスと、 秘めたるパッションに惹かれるのだと思う。
とにかく、はじめて来日したスティーヴ・マックィーンは一口でいうと 「すごくいい奴」だという印象を残してその日の午后1時20分ロケ地の台湾に向けて羽田を飛び立った。

〜 66年2月 映画の友社 刊 〜





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